普段の仕事を、1ミリも変えていない。なのに、AIが月を追うごとに賢くなっていく会社があります。特別なツールでも、現場の根性でもありません。やっていることは、たった2つだけです。
AIの賢さ自体は、もう誰でも使える共通インフラになりました。差がつくのは、その会社にしか集まらない燃料──自社のナレッジを持っているかどうか。問題は、その燃料を どうやって貯めるか です。ここで多くの会社が止まります。
現場でAIを動かすことを仕事にしている、株式会社GembaShift代表の黛(まゆずみ)です。先に結論を言うと、ナレッジの貯め方には順番があります。設計を1回、あとは仕組みに任せる。その2段階を、順番に書きます。
Q01業務を変えずに、社内ナレッジを貯めるにはどうすればいいですか?
2段階に分けます。第1段階で「どの業務の、どんなナレッジを、どう引き出したいか」の構造を1回だけ設計する。第2段階は、普段の会議や打ち合わせを録音してAIに渡すだけ。この形にすると、業務フローを一切変えずに、燃料が貯まり続けます。

ポイントは、設計は1回、蓄積は仕組みに任せる という分担です。2つ目さえ仕込んでしまえば、現場の人は普段どおり喋っているだけでいい。この「業務を変えない」が、続くかどうかの分かれ目になります。
Q02社内の文書を「とりあえず全部集める」やり方は、なぜうまくいかないのですか?
燃料は、集める前に「どう持つか」を決めないと使えないからです。社内にある文書の大半は形式の決まっていない、そのままではAIが読み解きにくいデータだと指摘されています(LAC WATCH 2024ほか)。決めずに集めると、立派な倉庫にガラクタを積むことになります。
「とりあえず全部ドライブに放り込みました」「データ基盤、立派なやつを入れました」──それ自体は悪くないのですが、いざAIに聞いてみると答えがふわっとしている。よくある光景です。
要は、記録のままでは資産にならない ということ。集めた瞬間に価値が出る、というのは幻想なんですよね。だから先に、構造の設計が要ります。
Q03ナレッジの構造設計では、何を決めればいいのですか?
決め手は3つです。「どの業務で使うか」「どんなナレッジを貯めるか」「どう引き出したいか」。この3つを別々に見ず、1本の線でつなげて初めて、貯める形が決まります。設計は1回で済みますが、答えが自社の業務の中にしかないぶん、いちばん難しいパートです。

おすすめしている体制は、業務を言語化できる人とAIエンジニアで組む ことです。業務に詳しい人だけだと、AIに合う形に落とせない。エンジニアだけだと、現場の判断がそもそも見えない。「どんな情報があれば仕事がラクになり、事業が伸びるか」を一緒に言葉にする組み方が、遠回りなようで一番速いです。
もうひとつ。少し前まで、ベテランの勘所は言語化コストが高すぎて射程の外でした。でも今は、そこも蓄積・分析の対象に入ってきています。大手メーカーが熟練者の暗黙知を生成AIで形式知化する取り組みを進めている事例も出ています(ライオン×NTTデータ)。
Q04会議を録音して渡すだけで、本当に使えるナレッジになるのですか?
なります。第1段階の構造さえあれば、AIが録音の中身を「次に使える形」に構造化してくれます。これを支えているのが文字起こしの進化で、条件次第では日本語でも誤りが数%まで来ているという報告もあります(音声認識モデルの日本語評価・データセット依存の値)。
「ノウハウをドキュメントにまとめてください」──これ、まず続きません。書くのは負担だし、本人も自分が何を知っているか自覚していないことが多いからです。だから現実解は、人に書かせるのではなく、人が自然に話した中身からAIに抜き出させる ことです。
- 専門用語・製品名・人名は文字起こしで一番化けやすい。使う単語をあらかじめ登録しておくだけで、ぐっと化けにくくなる
- 議事録は「決定事項とToDoに、担当者名まで残す」形に構造化すると、後で本当に使えるナレッジになる
- 逆に、全発言に話者ラベルを付けると読みにくくなって誰も見なくなる。「全部やる」より「後で使う形に寄せる」が効く
結果として何が起きるか。業務フローを一切変えていないのに、燃料タンクが満ちていく。普段どおり喋っているだけで、勝手に貯まる。これが2段階目の正体です。
Q05この仕組みを、実際に動かしている会社はありますか?
あります。ある製造メーカーで、日々ナレッジが貯まる仕組みがすでに動いていて、その設計を私たちGembaShiftが手伝っています。最初から全部を構造化せず、「どの業務の、どの判断を再利用したいか」をたった1つだけ決めて、会議の録音を渡す運用を1ラインだけ回し始めました。
すると、現場は今までどおり喋っているだけなのに、ナレッジが溜まり出しました。派手なシステム刷新はしていません。日常の中に、そっと溶け込ませる形です。
大上段に構えないこと。小さく1つから始めること。この2つが、地味だけど効くな、と現場で何度も実感しています。
よくある質問(FAQ)
- Q. なぜ「ノウハウを文書にまとめてください」では続かないのですか?
- A. 書く作業そのものが負担であることに加え、本人が自分の知っていることを自覚していないケースが多いからです。人に書かせるのではなく、会議や打ち合わせで自然に話した中身から、AIに抜き出させるのが現実解です。
- Q. 文字起こしの精度を上げるコツはありますか?
- A. 使う専門用語・製品名・人名をあらかじめ登録しておくことです。固有名詞は文字起こしで一番化けやすく、録音前のひと手間で後工程の精度が一段上がります。なお日本語の精度は単語ではなく文字単位で測るのが普通で、「数%の誤り」でも実際にはかなり読める水準です。
- Q. 議事録はどんな形に構造化すると、使えるナレッジになりますか?
- A. 「決定事項とToDoに、担当者名まで残す」形です。逆に全発言へ話者ラベルを付けると、読みにくくなって誰も見なくなります。網羅よりも「後で使う形に寄せる」ことが効きます。
- Q. ベテランの暗黙知も、ナレッジ化の対象にできますか?
- A. できる時代になってきました。以前は言語化コストが高すぎて諦められていた領域ですが、大手メーカーが熟練者の暗黙知を生成AIで形式知化する取り組みを進めている事例も出ています(ライオン×NTTデータ)。製造業では技能継承を課題に挙げる会社が他産業より突出して多い、という調査もあります。
- Q. ナレッジが貯まると、何が変わりますか?
- A. AIの精度が上がり、精度が上がるともっと使われて、もっと貯まる──この改善ループが回り始めます。ループが回り始めると、他社との差は静かに、でも確実に開いていきます。ただしナレッジは一日では貯まらないため、始めた会社から順に前へ出ます。
AUTHOR

黛 政隆(まゆずみ まさたか)
株式会社GembaShift 代表取締役CEO
エンジニア歴20年、PM経験50件超。生成AIの導入を、現場に入って一緒に組む仕事をしています。 この記事の内容は、著者自身が実際に手を動かして業務で検証した実体験に基づいています。