「うちの職人技は、AIには無理ですよ」──この言葉に、私はもう反論しないことにしました。代わりに、お伝えしていることがあります。
職人技の大部分は、AIで再現できます。ただし、資料が整理されていない限り、AIは正しく答えません。 前半で驚かれて、後半で黙り込まれる。最近の打ち合わせは、だいたいこの順番です。
この1年で一番衝撃を受けた変化と、その裏側にある地味で厄介な「資料整理」の話を、企業の現場に社内ナレッジAIを入れて答えが出るまで面倒を見ている株式会社GembaShift代表の黛(まゆずみ)が、順を追って書きます。
Q01設計のような職人技の判断も、AIで再現できるようになったのですか?
2026年時点で、製造業の設計のような高度な判断は、AIで大部分自動化できる水準に来ています。条件と材料と過去の不具合から「なら、ここはこう決める」を返す部分が、Fable 5世代のAIでベテランの判断とほぼ重なるようになりました。ただし条件があり、資料が整理されていない限りAIは正しく答えません。
条件がこうで、材料がこれで、過去にこういう不具合があった。そこから「なら、ここはこう決める」を返してくる。この「なら、こう決める」の部分が、ベテランの判断とほぼ重なるようになったのが、私にとってこの1年で一番の衝撃でした。
正直に言うと、事務作業の自動化より、こちらの方が私にはずっと重い出来事でした。
数年前の私なら「いずれそうなる」と言っていたと思います。今は違います。 一部の業界では、職人技の再現に実際に届きました。 「もうそうなっている業界がある」と言える段階です。
Q02そもそも職人技の正体とは、何ですか?
資料に書かれていないことを、頭の中で補って変換していたこと。これが職人技の正体です。条件表には数字が並んでいますが、「この数字は夏場は当てにならない」「あの客先だけは別」は表のどこにも書いてありません。その書いていない部分を頭の中で補える人が、職人と呼ばれてきました。

並べてみると、話は単純です。これまでの職人は、散らかった資料を頭の中で補って仕事をしていました。AIに、その頭の中の変換はありません。
| 比較項目 | 職人 | AI |
|---|---|---|
| 書かれていない部分の扱い | 頭の中で補って変換する | 補う頭がない(書かれていなければ出せない) |
| 仕事の前提 | 散らかった資料のままでも回る | 整理された資料が要る |
だから、AIに職人技をやらせるための代わりの前提が、整理された資料です。そこにないものは、AIには出せません。
Q03最新のAIに資料を丸ごと渡せば、職人の判断も答えてくれるのではないですか?
答えてくれません。少なくとも、職人の判断が必要な問いには答えられません。答えが出ないとき、原因の大半はAI側ではなく資料側にあります。答えとなる情報がそもそもどこにも書かれていないか、図面と条件表と過去のトラブル報告が別々の場所にあってつながっていないかの、どちらかです。
「最新モデルなら、資料を丸ごと放り込めば何とかしてくれるでしょう?」──ここを誤解している方が、本当に多いです。私自身、何度も痛い目を見て学びました。
AIがどれだけ賢くても、材料が散らかっていれば、出てくるのは「もっともらしい間違い」です。AIの賢さを上げる前に、資料側を疑う。これが職人技の再現に取り組むときの、最初の物差しです。
Q04職人技の再現で、資料整理の何がそんなに難しいのですか?
難所は3つあります。①フォーマット──同じ会社の隣の部署でも書き方が違う。②図表──判断の根拠がスクリーンショットなど画像の中にあり、文字だけ抜き出すと一番大事な部分が抜け落ちる。③言葉の揺れ──同じ部品が図面と発注書と現場のメモで別の名前で呼ばれている。

- フォーマットの不統一:業界どころか、同じ会社の隣の部署でも書き方が違う
- 図表の中の根拠:設計の資料はグラフや図解がスクリーンショットのまま貼り付いていることが珍しくなく、しかも判断の根拠はその画像の中にある
- 言葉の揺れ:同じ部品が資料ごとに別の名前で呼ばれている。人は読み替えられるが、整理されていないままではAIは別物として扱う
特に図表は厄介でした。文字だけ抜き出して整理すると、一番大事な部分が抜け落ちます。現場で気づいたのは、 「入口で情報を劣化させない」ことを最初に決めないと、後からどう頑張っても精度が戻らない ということでした。
Q05膨大な資料の整理は、誰がやればいいのですか?
人手では無理です。膨大な資料のフォーマットを揃え、画像の中身を書き起こし、言葉を統一する作業は、何年あっても終わりません。GembaShiftは、資料整理のための分析そのものをAIにやらせることに全力を投じました。コア技術は、AIそのものではなく、資料を整理するための分析技術です。
やり方の発想はこうです。AIに資料の分析と整理を任せ、答えが出ない箇所を手がかりに、整理をやり直させ続けます。
- AIに資料を分析させる
- 整理の仕方を試させる
- 答えが出ない箇所を洗い出す
- また整理し直す
このループを、時間をかけて回し続けます。面白いのは、回すほど精度が「少し上がる」ではなく 「桁が変わる」 ことです。最初は的外れだった答えが、蓄積が進むとベテランの判断と重なり始めます。
ひとつ小ネタを。日本企業の資料の整理の仕方は、探してもグローバルに存在しませんでした。海外の手法は、そもそも資料がきれいに揃っている前提で作られています。図表が貼り付いた日本語の資料を前提にしたノウハウは、自分たちで蓄積するしかありませんでした。
Q06導入すれば、すぐにベテラン並みの答えが返ってきますか?
返ってきません。時間がかかります。導入した翌週から職人の答えが返ってくることはなく、最初の数週間は「わかりません」ばかりです。それでも蓄積が進むと、答えがベテランの判断と重なり始めます。もう一つ、AIには決められないことが残ります。「その資料は、どういう順番で、何のために使われるべきか」という整理方針です。
正直に書くと、最初の数週間は、回している私の方が不安になります。うまくいった話だけでは嘘になるので、書いておきます。
そして整理方針だけは、業務を知っている人が決めるしかありません。ここが決まらない現場では、どれだけAIを回しても方向が定まらず、遠回りになりました。
職人技の勝負どころは、AIの賢さではなく、 資料がどこまで整理されているか に移っています。その整理は人手では終わらず、AIに時間をかけて分析・蓄積させるしかない。ここが、私が今一番力を注いでいる場所です。
よくある質問(FAQ)
- Q. AIには資料を整理せず、そのまま渡せばいいと聞きました。矛盾しませんか?
- A. 矛盾しません。個人の日常の頼みごとでは、人手で事前整理せずそのまま渡すのが正解です。職人の判断を再現するレベルでは整理された資料が必要になりますが、その整理も人手ではなくAIにやらせます。どちらの場合も「人が資料をきれいに作り直す」作業は挟みません。
- Q. 図表やスクリーンショットだらけの資料は、文字に書き起こして整理すればいいですか?
- A. 文字だけ抜き出す整理は、おすすめしません。設計の資料では判断の根拠がグラフや図解の画像の中にあることが多く、文字だけにすると一番大事な部分が抜け落ちます。「入口で情報を劣化させない」整理の設計を、最初に決めることが前提です。
- Q. 海外製の資料整理の手法を、そのまま使えますか?
- A. そのままでは難しい、というのが実感です。海外の手法は、資料がきれいに揃っている前提で作られています。図表が貼り付いた日本語の資料を前提にした整理ノウハウは、探してもグローバルに見つからず、GembaShiftは自分たちで蓄積してきました(2026年時点)。
- Q. 資料整理をAIに任せている間、人間は何をするのですか?
- A. 整理方針を決めます。「その資料は、どういう順番で、何のために使われるべきか」だけはAIには決められず、業務を知っている人が決めるしかありません。ここが決まらない現場では、どれだけAIを回しても方向が定まらず、遠回りになりました。
AUTHOR

黛 政隆(まゆずみ まさたか)
株式会社GembaShift 代表取締役CEO
エンジニア歴20年、PM経験50件超。生成AIの導入を、現場に入って一緒に組む仕事をしています。 この記事の内容は、著者自身が実際に手を動かして業務で検証した実体験に基づいています。