39分が、17分。ある特別養護老人ホームで介護職員1人が1日の記録業務にかけていた時間の変化です。やったことは「キーボードで打つ」を「声で話す」に変えただけ。
冷静に考えると「そりゃそうだよな」という話です。介護記録は、書く中身に悩んでいるわけではない。わかっていることを打ち込む作業に時間を取られているだけ。話せば済むなら、そちらが速いに決まっています。
ではなぜ今まで誰もやらなかったのか。単純に、音声認識が使い物にならなかったからです。それがようやく変わりました。
Q01介護記録は、音声AIで自動化できますか?
できます。新潟県上越市で2024年8月から2025年3月にかけて行われた実証実験では、音声による記録入力の導入で記録作成時間が39分から17分へ、56%削減されました。支援経過記録の作成が1時間から5分に短縮された音声記録ツールの事例もあります。
背景にあるのは人手不足の深刻さです。厚生労働省の推計では、2025年度に約32万人、2040年度には約57万人の介護職員が不足するとされ、有効求人倍率は4.08倍。4つの施設が1人の介護職員を取り合っている状態です。なのに現場では、記録業務に1人あたり1日約39分を費やしている。利用者と向き合う時間を直接圧迫しています。

数字に出ない効果もあります。夜勤から日勤への申し送りの「言った/言わない」問題。音声で記録が残っていれば伝え漏れがなくなる。現場の方に話すと「それが一番うれしい」とおっしゃることが多いポイントです。
Q02以前の音声認識と、何が違うのですか?
2つ変わりました。まず認識精度。日本語の誤認識率は2022年時点で既に4.9%と人間の聞き間違いとほぼ同等になり、そこからさらに向上して「褥瘡」「ADL」などの専門用語も拾えます。もうひとつは、ただの文字起こしではなくなったこと。生成AIが話し言葉をSOAP形式などの記録フォーマットに整形できるようになりました。
2〜3年前の音声認識は、「褥瘡(じょくそう)」が「十草」になり、「ADL」がまったく認識されないレベルでした。試すたびに「まだ早いな」という印象だったのが、ここ1〜2年で一変しました。
たとえば職員が「鈴木さん、今日は朝ごはん8割くらい食べて、お昼前にちょっとふらついてたから見守り強化した。午後は穏やかに過ごしてた」と話す。これがSOAP形式(医療・介護で使われる構造化記録)に自動変換され、主観情報・客観情報・アセスメント・プランが整理された状態で出てくる。 「話すだけ」で記録が完成する ようになりました。

Q03最初から記録を全部AIに任せていいですか?
いけません。介護記録は利用者の健康と安全に直結します。お勧めは3段階で信頼を獲得していくやり方です。第1段階は音声のテキスト化だけ。第2段階でテキストを記録フォーマットに自動整形。第3段階で「食事量が3日連続で減少しています」のような異常値の自動検知に進みます。
- 第1段階:音声→テキスト化だけ。職員が確認して保存する。これだけでも記録時間は半分近くになる
- 第2段階:テキスト→SOAP形式などへ自動整形。職員は「確認して保存」するだけ
- 第3段階:異常値の自動検知。見落とし防止のセーフティネットとして機能させる
慎重に段階を踏むのは、私自身が第2段階からいきなり始めようとして失敗した経験があるからです。AIが整形した記録を職員さんに見せたら「これ、ニュアンスが違う」と言われました。数字は合っているのに、利用者の表情の微妙な変化のような行間の情報がごっそり抜け落ちていた。それ以来、 「まず第1段階で信頼を作る」が鉄則 です。第1段階だけでも記録時間は半分近くになるので、焦らなくて大丈夫です。
Q04現場に定着させるコツはありますか?
意外と効くのは、ベテラン職員に先に使ってもらうことです。タイピングが苦手なベテランほど音声入力の恩恵が大きく、「話すだけ?もう終わり?」という反応が出ます。その光景を見た周りが「じゃあ私も」と動き出す。導入は結局、技術ではなく空気です。
始め方にもコツがあります。やりがちな「全施設一斉導入」は止めたほうがいいです。お勧めは 1ユニット、夜勤帯だけ から。夜勤帯は職員が少なく記録負担が集中しやすいので、効果が数字で見えやすい。「夜勤の記録時間が半分になった」という成果が出れば、日勤帯や他ユニットへの展開を説得しやすくなります。
毎週の振り返りも大事です。「この言い回しはうまく変換されなかった」「このフォーマットに変えてほしい」という現場からのフィードバックをすぐ反映できる体制を作っておく。完璧を目指して導入が遅れるより、まず動かして改善していくほうがいいです。
Q05導入コストを支援する制度はありますか?
あります。2024年の介護報酬改定で「生産性向上推進体制加算」が新設されました。テクノロジーの活用で業務効率化に取り組む施設を評価する仕組みで、活用すれば導入コストの一部をカバーできる可能性があります。「やったほうがいい」から「やれば加算がつく」に変わったのは大きな変化です。
普及のスピードも参考になります。介護向けの音声記録サービスを手がけるスタートアップが、設立からわずか2か月で全国41施設にトライアル展開した例があります。それだけ「なんとかしたい」と思っている現場が多いということだと思います。
よくある質問(FAQ)
- Q. 方言混じりの話し言葉でも記録になりますか?
- A. なります。東北弁っぽいイントネーションで話してみたところ、標準語の記録に変換されました。完璧ではありませんが実用レベルで、地方の施設にとっては割と死活問題になるポイントです。
- Q. SOAP形式とは何ですか?
- A. 医療・介護で使われる構造化記録の形式です。主観情報(S)・客観情報(O)・アセスメント(A)・プラン(P)に整理して記録します。生成AIは職員の話し言葉をこの形式に自動変換できます。
- Q. キーボードが苦手なベテラン職員でも使えますか?
- A. むしろベテランほど恩恵が大きいです。タブレットの小さな文字と格闘して「手書きの方が早い」に戻ってしまっていた方が、話すだけで記録を終えられるようになります。
- Q. 何から始めればいいですか?
- A. 1ユニット・夜勤帯だけの小さな導入からです。第1段階(音声のテキスト化だけ)で始めれば記録時間は半分近くになり、効果が数字で見えてから広げられます。
AUTHOR

黛 政隆(まゆずみ まさたか)
株式会社GembaShift 代表取締役CEO
エンジニア歴20年、PM経験50件超。生成AIの導入を、現場に入って一緒に組む仕事をしています。 この記事の内容は、著者自身が実際に手を動かして業務で検証した実体験に基づいています。